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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)116号 判決

大阪市中央区道修町4丁目3番6号

原告

小林製薬株式会社

代表者代表取締役

小林一雅

訴訟代理人弁護士

大場正成

嶋末和秀

鈴木修

矢部耕三

同弁理士

中田和博

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 近藤隆彦

指定代理人

吉田親司

藤木和雄

小池隆

主文

特許庁が平成10年審判第5722号事件について平成11年2月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  請求

主文と同旨の判決

第2  前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「汗取りパット」とする意匠(以下「本願意匠」という。)につき、平成6年9月7日意匠登録出願(意願平6-27299号)をしたが、平成10年2月12日付け拒絶査定を受けたので、同年4月15日拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成10年審判第5722号事件として審理した結果、平成11年2月25日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年3月23日原告に送達された。

2  審決の理由

審決の理由は、別紙2審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、本願意匠と引用意匠(登録第911297号意匠)とは類似するものであるから、本願意匠は、意匠法9条1項に規定する最先の意匠登録出願人に係る意匠に該当せず、同条同項の規定により、意匠登録を受けることができない旨判断した。

第3  審決の取消事由

1  審決の認否

(1)審決書2頁2行ないし5行(本願)及び同2頁6行ないし13行(引用意匠)は認める。

(2)両意匠の比較(審決書2頁14行ないし3頁18行のうち、物品の共通(2頁14行から16行「ており、」まで)、共通点の認定のうち、2頁16行「その形態」から20行「部とし、」まで、及び3頁3行「(2)」から7行「表し、」まで、並びに差異点の認定(3頁11行ないし18行)は認め、その余は争う。

(3)共通点、差異点の検討(審決書3頁19行ないし7頁6行)のうち、4頁11行「(2)」から15行「表し、」までは認め、その余は争う。

(4)まとめ(審決書7頁7行ないし10行)は争う。

2  取消事由

審決は、本願意匠と引用意匠との類否の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)取消事由1(基本的構成態様、具体的態様についての共通点認定の誤り)

審決は、本願意匠と引用意匠とは、「その重合部の外周の縁辺部を、さらに左右対称の連なる「峰」状に複数の小凸円弧状を表した基本的構成態様が共通し」(審決書2頁末行ないし3頁2行)、具体的態様において、「縁辺部下方を、略同径の小凸円弧状に表し、全体として大きな凸円弧状に、小さな凸円弧状が連なる「峰」状に形成されている点が共通する。」(同3頁7行ないし10行)と認定するが、誤りである。

ア 本願意匠については、峰が連なるとの表現が当てはまるかもしれない。しかし、引用意匠の3つの峰はそれぞれ独立した峰裾の方で繋がっているというべきであり、峰が連なるというものではなく、3つの峰が全体として大きな凸円弧状を形成していると見ることもできない。

イ そもそも、本願意匠の重合部の縁辺部における小さな凸円弧状は、同径のものではない。本願意匠においては、腋下の汗取り面積を増やす一方、デザインとして新規かつ美観を呈するような意匠構成として、中央に「大きな円弧状」を配する一方で、その両側に「小さな凸円弧状」の意匠がそれぞれ2個ずつ配置されたものであり、中央の「大きな円弧状」とその両側にある「小さな凸円弧状」の意匠構成上の差異は顕著である。

これに対して、引用意匠においては、重合部の縁辺部に同径の小凸円弧を連ねるという意匠構成を採ったものであり、そもそも折り曲げ部の凹円弧状を底辺とするような「大きな凸円弧状」を基礎として、その上に「小円弧」を縁辺部に連ねるという形状自体が存在しない。

(2)取消事由2(共通点についての判断の誤り)

審決は、「(1)の基本的構成態様の共通点、即ち、全体が、やや厚地のパッド(当て物)を二つ折りにした二層構造の扁平略「三日月」形状としたもので、その上方凹円弧状部を折り曲げ部、その余の下方を重合部とし、その重合部の外周の縁辺部を、さらに左右対称の連なる「峰」状に複数の小凸円弧状を表した点は、両意匠の形態に関する骨格を構成し、全体の基調をなす特徴といえ、看者の注意を惹くところであって、類否判断を左右する支配的要素というべきである。」(審決書3頁末行ないし4頁10行)、「縁辺部下方を、略同径の小凸円弧状に表し、全体として、大きな凸円弧状に小さな凸円弧状が、連なる「峰」状に形成されている点は、基本的構成態様の共通点と相俟って、両意匠の共通感をより一層際だたせるものとなっており、その類否判断に及ぼす影響は大きいというべきである。」(同4頁15行ないし5頁1行)と判断するが、誤りである。

ア まず、「(1)の基本的構成態様の共通点、即ち、全体が、やや厚地のパッド(当て物)を二つ折りにした二層構造の扁平略「三日月」形状としたもので、その上方凹円弧状部を折り曲げ部、その余の下方を重合部とし」た点は、本願意匠、引用意匠だけでなく、従来から存する同種の意匠や発明において周知ないし慣用の事項である(甲第9ないし第23号証)。腋下部に当たる被服の内側に粘着テープ等で装着し、腋下の汗腺からの汗の流出を受け止めるのに適した形状を創作するとすれば、腋下に接することとなる折り曲げ部を袖ぐりに合うように凹円弧状にする一方、身頃側と袖側にそれぞれ当たることになる重合部については、腋下の汗の滲み出る方向に合わせて最大限汗を吸い取れるようにするためにかかる形態を採用することは、当業者にとつて極めてありふれた商品形態の選択にすぎないものである。

被告が指摘する折り曲げ部を緩やかなV字状にしたものや縁辺部の両端を隅丸状に形成したものは、一般的なものではなく、特殊な形状に属するものである。

イ さらに、重合部の外周の縁辺部を、さらに左右対称の連なる「峰」状に複数の小凸円弧状を表した点について、同様な「峰」状に縁辺部を小凸円弧状に表した同種の物品(ドレス・シールド)は、米国においては今世紀初頭から既にみられていたものであり、既に周知な形状であった(甲第24号証。別紙1参照)。甲第24号証の説明の説明中で使われている「scallop」という言葉は、帆立貝を意味するが、衣服などのへりの波形形状を意味するものとして、一般的な英和辞典にも掲載されているものである。

なお、ドレス・シールドとは、ドレスの腋の下に付けて、汗による汚れを防止するものであり(甲第29ないし第31号証)、これに反する被告の主張は失当である。

ウ 意匠の類否の判断に当たっては、全体的に観察してなすべきことは当然であるが、既に極めてありふれた周知又は慣用め形状は、原則として要部たり得ないものである。

したがって、本願意匠と引用意匠との類否判断に当たって最も重要なのは、重合部の縁辺部に形成される凸円弧状が上方凹円弧状の折り曲げ部の両端からどのように形成されているかという点である。

そして、両意匠が重合部の縁辺部に形成される凸円弧状において異なっていることは、前記(1)のとおりであり、両意匠は美感を異にしている。

(3)  取消事由3(差異点についての判断の誤り)

ア 小凸円弧状の個数

審決は、「連なる「峰」状が、3個の小凸円弧状で構成されているか、5個の小凸円弧状で構成されているかの差異は、その共通点に包摂されるところの部分的な僅かな差異といえ、その類否判断に及ぼす影響は微弱なものというほかない。」(審決書5頁12行ないし17行)と判断するが、誤りである。

前記(2)のとおり、同種物品において、周知ないし慣用の事項である扁平三日月形を超えて、新規かつ美感を呈する意匠を構成しようとする場合に袖ぐりと整合するためにどうしても凹円弧状の形状しか採用し得ない折り曲げ部を除けば、重合部の縁辺部のデザインに趣向を凝らすほかはないし、当該意匠を有する物品を求める看者の立場からしても、かかる縁辺部のデザインに注意を惹かれるものというべきである。

したがって、小凸円弧状の数は看者の注意を強く惹くものである(甲第25号証)。

また、本願意匠は、縁辺部に円弧を5個連ねているため円弧と円弧の繋がり部分(谷の部分)が極めて浅く、折り曲げ部の凹状円弧が比較的浅いことと相まって、全体に上下に厚みがあり「ぽったり」した穏やかな印象を与えるが、引用意匠は、縁辺部の円弧が3個だけのため円弧と円弧の谷が深く、折り曲げ部の凹状円弧が比較的深いことと相まって、比較的横長の細身の、目鼻立ちのはっきりした印象を与えており、両意匠は、美感を著しく異にしている。

イ ポケット部

審決は、「(ロ)の引用意匠が下方の小凸円弧状部分にポケットを設けている点の差異であるが、機能的にはともかく、意匠の外観としては、下方の小凸円弧状部の上方に、細い横線として表れる程度のもので、意匠の類否判断の要素として高く評価できず、本願のものが、それを設けていないより特徴のないものであって、その類否判断に及ぼす影響は微弱なものといわざるを得ない。」(審決書5頁17行ないし6頁4行)と判断するが、誤りである。

引用意匠の図面上は1本の線で描かれているものであるとしても、物品本来の機能からすれば本質的でないポケットの存在自体が意匠的に見れば極めて特徴的な部分である。本件のような商品においては、かかるポケット部が看者の注意を惹き付けることを否定することはできない。

ウ 縁取り部分

引用意匠においては、その重合部の縁辺部に縁取りが明確にされている。この縁取り部分は一種の熱シールドのようなプレス加工がされていると推測される。

これに対し、本願意匠には、このような形状はない。

このような点も両意匠を非類似とする1つの理由と認められるべきである。

第3  審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(基本的構成態様、具体的態様についての共通点認定の誤り)について

ア 審決は、本願意匠と引用意匠とを全体的に対比観察し、看者が注意を惹くところを把握して、基本的構成態様の共通点(1)、具体的態様の共通点(3)のように認定したものであり、その認定に誤りはない。

イ 原告は、本願意匠の重合部の縁辺部における「小さな凸円弧状」は同径のものではない旨主張する。

確かに、原告がいう「大きな凸円弧状」の両端を計測すれば、その幅は、願書添付図面上4.3mm、また、両側の「小さな凸円弧状」は、3.1mmないし3.6mmと、その幅に若干の差異が認められる。しかしながら、意匠の形態の認識は、人間の感覚としての見え方を通じてなされるべきもので、実際の計測による微細な数値に基づき認定されるべきものではないどころ、本願意匠においては、下方の縁辺部をほぼ均等に分割し、それぞれが凸円弧状を呈するごとく連ねられたというのが普通の認識といえ、審決が「縁辺部下方を、略同形の小凸円弧状に表し、」と認定した点に誤りはない。

(2)  取消事由2(共通点についての判断の誤り)について

ア 本願意匠は、汗とりパッドであって、腋の下からの汗を吸収させるために、衣服の着用時に腋の下に当たる袖ぐり部に身頃と袖側を跨ぐようた使用されるものであり、従来から、その目的により様々な形態のものが作られているところである。

また、その全体形状については、通常、最大限に効率よく汗を吸収するために、身頃側に対応する面のものを大きく、袖側に対応する面のものを小さくするのが普通であって、両意匠のもののように、身頃側と袖側を同じ大きさとするものは周知ないし慣用の事項とはいえない。

折り曲げ部の形状についても、直線状にしたもの、緩やかなV字状にしたもの、両端を隅丸状に形成したもの等(乙第1ないし第3号証)が従来から存し、該部を凹円弧状とすることが当業者にとって極めてありふれた選択にすぎないものとすることはできない。

イ 意匠の類否の判断は、本願意匠と引用意匠とを全体的観察により対比して行うべきものであり、形態の特定の部位のみに着目して行うべきものではないところ、両意匠の基本的構成態様について、全体がやや厚地のパッドを二つ折りにした二層構造の扁平略「三日月」形状(態様A)としたもので、身頃側と袖側を同形・同大とし(態様B)、その重合部の外周の縁辺部を、さらに左右対称の連なる「峰」状に複数の小凸円弧状を表した(態様C)基本的構成態様のものは存在せず、従来態様に照らし極めて特徴的であって、看者の注意を強く惹くものといえ、審決がこの点を「両意匠の形態に関する骨格を構成し、全体の基調をなす特徴といえ、看者の注意を惹くところであって、類否判断を左右する支配的要素というべきである。」と判断したことに誤りはない。

ウ 原告は、甲第9ないし第23号証に基づく主張をするが、これらの証拠によっても、上記の点の認定、判断を左右するものではない。

また、原告は、米国における公知意匠(甲第24号証)に基づく主張をするが、甲第24号証は、ドレス・シールド(衣服の汗よけ)に係るものであり、スカート、エプロン等の衣服の裾の形状であって、本件とは意匠に係る物品が異なり、その存在が両意匠の基本的構成態様の要部の評価に影響を与えるものとはいえない。さらに、本願意匠と引用意匠は、身頃側と袖側を同形・同大とするものであって、甲第24号証とは、波形形状を適用する基となる形態が異なる(別紙1参照)。

以上のとおり、甲第9ないし第24号証は、いずれも両意匠に共通する部分的な個々の態様についてのものであって、両意匠の全体にかかわる態様を示すものではない。

(3)  取消事由3(差異点についての判断の誤り)について

ア 小凸円弧状の個数

袖ぐり部に合わさる部分について、どうしても凹円弧状の形状以外採用し得ないものではないことは、前記(2)のとおりである。

そして、5個の小凸円弧状と3個の小凸円弧状の差異は、部分的な改変にとどまっているものであり、その類否判断に及ぼす影響は微弱なものである旨の審決の判断に誤りはない。

イ ポケット部

引用意匠の正面図のやや下方寄りに水平に表された線については、正面図のA-A線拡大端面図から認定すべきものであり、その端面図によれば、やや厚地のパッドの表面上に極めて薄いシート状のものが被さっているもので、細い横線として表れる程度のものである。

そして、引用意匠がポケット部を設けていることは、その形態の主たるところとすることができず、両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱なものであるとの審決の判断に誤りはない。

ウ 縁取り部分

この種物品においては、縁取り部分にステッチを施すこと、また、一種の熱シールドのようなプレス加工により切断部のほつれをなくす処理をすることは極く普通であり(甲第14ないし第16号証、乙第1ないし第3号証)、両意匠の類否判断の要素としてさほど評価できず、微弱な差異といわざるを得ない。

理由

1  物品の共通等

(1)  審決の理由のうち、本願(審決書2頁2行ないし5行)及び引用意匠(同2頁6行ないし13行)は、当事者間に争いがない。

(2)  両意匠の比較(審決書2頁14行ないし3頁18行)のうち物品の共通の点(審決書2頁14行から16行「ており、」まで)は、当事者間に争いがない。

2  取消事由1(基本的構成態様、具体的態様についての共通点認定の誤り)について

(1)  両意匠の基本的構成態様の共通点の認定のうち、「(1)全体が、やや厚地のパッド(当て物)を二つ折りにした二層構造の扁平略「三日月」形状としたもので、その上方凹円弧状部を折り曲げ部、その余の下方を重合部とし」た点(審決書2頁16行ないし20行)及び、両意匠の具体的態様における共通点の認定のうち、「(2)重合部につき、その縦幅と横幅(左右最大幅)の比を略1:2とした点、(3)重合部の縁辺部につき、上方の凹円弧状の両端から、各々下方に、凹円弧状部より外側に膨出する態様で、小凸円弧状を表し」た点(審決書3頁3行ないし7行)は、当事者間に争いがなく、両意匠の差異点の認定(審決書3頁11行ないし18行)も当事者間に争いがない。

(2)ア  前記1(1)に説示の本願意匠の構成によれば、本願意匠は、その重合部の縁辺部に、ほぼ同径の複数の小凸円弧状を左右対称の連なる「峰」状に表し、上記縁辺部を全体として大きな凸円弧状に形成したものである。

そして、前記1(1)に説示の引用意匠の構成によれば、引用意匠は、その重合部の外周の縁辺部に、同径の3個の小凸円弧状を左右対称に表しており、本願意匠におけるほどではないとしても、やはり3個の小凸円弧状は「峰」状に連なり、全体として大きな凸円弧状を形成していると認めることができるものである。

イ  原告は、本願意匠の重合部の縁辺部における「小さな凸円弧状」は同径のものではないから、この点の認定に誤りがある旨主張するが、審決の認定自体、小凸円弧状を「略同径」(審決書3頁8行)とするものであるところ、前記本願意匠の構成によれば、これらの小凸円弧状は、人間の視覚を通じた捉え方としては、ほぼ均等に分割されたものと認識されるものであるから、審決の上記認定が誤りとまで認めることはできず、原告の上記主張は理由がない。

(3)  そうすると、本願意匠と引用意匠とは、「その重合部の外周の縁辺部を、さらに左右対称の連なる「峰」状に複数の小凸円弧状を表した基本的構成態様が共通し」、具体的態様において、「縁辺部下方を、略同径の小凸円弧状に表し、全体として大きな凸円弧状に、小さな凸円弧状が連なる「峰」状に形成されている点」が共通するものであり、これと同旨の審決の認定自体に格別の誤りはない。

3  取消事由2(共通点についての判断の誤り)及び取消事由3(差異点についての判断の誤り)について

(1)  両意匠の共通点及び差異点について

ア  前記2のとおり、本願意匠と引用意匠とは、全体形状が、やや厚地のパッドを二つ折りにした二層構造の偏平略「三日月」形状としたもので、その上方凹円弧状部を折り曲げ部、その余の下方を重合部とし、その重合部の外周の縁辺部を更に左右対称の連なる「峰」状に複数の小凸円弧状を表わし、全体として大きな凸円弧状に形成したものであるという基本的構成態様が共通しているものである。

イ  さらに、この基本的構成態様に関する具体的な形状についてみるに、両者は、

〈1〉 審決が認定するとおり、重合部につき、その縦幅と横幅(左右最大幅)の比を略1:2としている点、重合部の縁辺部につき、上方の凹円弧状部の両端から下方に凹円弧状部よりやや外側に膨出するように小凸円弧状に表わし、下方に複数の小円弧状の峰を連ねて、縁辺部全体を大きく凸円弧状に形成している点は共通しているが、

〈2〉 重合部の縁辺部につき、本願意匠が5個の小円弧状で構成されているのに対して、引用意匠は3個の小円弧状で構成されており、本願意匠では小円弧と小円弧との繋ぎ部分(谷部分)が4箇所でいずれも浅く、緩やかであるのに対し、引用意匠では小円弧と小円弧との繋ぎ部分が2箇所で深く、明確であるという点、折り曲げ部である上方の凹円弧状部につき、本願意匠では凹部が浅いのに対し、引用意匠の凹部は比較的深いという点において差異があるということができる。

ウ  本願意匠と引用意匠との間にはその他の差異点として、審決も認定するとおり、引用意匠には重合部の縁辺部(小円弧状部)の端に細幅の縁取りが明瞭に形成されているのに対し、本願意匠にはそのような縁取りはないという点、重合部の表面(正面)につき、引用意匠は下方の小円弧状部分中央に横長長方形のポケット部を設けているのに対し、本願意匠の表面には何も設けていないという点に差異があることも明らかである。

(2)  本願意匠と引用意匠との対比

本願意匠と引用意匠との間の上記(1)の共通点及び差異点を前提にして、両意匠の類否を検討する。

ア  原告は、両意匠の共通点の一部である、全体がやや厚地のパッドを二つ折りにした二層構造の偏平略三目月形状のもので、その上方凹円弧状部を折り曲げ部、その余の下方を重合部とした点は、従来から存する同種の意匠等において周知ないし慣用の事項であり、当業者にとって極めてありふれた商品形態の選択にすぎず、また、重合部の縁辺部を左右対称の連なる峰状に小凸円弧状を表わした同種の物品(ドレス・シールド)も、米国においては今世紀初頭からみられていたもので、既に周知な形状であったから、意匠の類否判断に当たっては、原則として、要部たり得ないものであり、最も重要なのは、重合部の縁辺部に形成される凸円弧状が上方凹円弧状の折り曲げ部の両端からどのように形成されているかという点である旨主張し、被告はこれを争っている。

甲第9ないし第12号証及び第14ないし第23号証によれば、これら14件の実用新案公開公報等には、全体がやや厚地のパッドを二つ折りにした二層構造の扁平ほぼ三日月形状としたもので、その上方凹円弧状部を折り曲げ部、その余の下方を重合部とした形状が記載されていることが認められる。そして、被告が提出した乙第1ないし第3号証(実用新案公開公報等)には、身頃側と袖側の大きさが異なり、折り曲げ部が直線状、V字状のものや隅丸状に形成したものが記載されているが、その数は3件にすぎないこと、折り曲げ部の形状については、袖ぐりの形状に合わせる必要があり、凹円弧状とすることが自然であると認められることからすると、汗取りパッドの形状として、全体がやや厚地のパッドを二つ折りにした二層構造の扁平略三日月形状としたもので、折り曲げ部の形状が凹円弧状、重合部の大きさを同じとした形状自体は、周知ないし慣用の事項と認められ、この点に限れば、原告の主張は理由がある。

また、甲第29、第30号証によれば、ドレス・シールドとは汗取りパッドのことであることが認められるところ、甲第24号証によれば、1901年ころ発行の米国意匠登録公報には、小凸円弧状を左右対称に5個連ねて全体を大きな円弧状に形成したドレス・シールドのデザインが記載されていることが認められる。また、弁論の全趣旨によれば、甲第24号証の説明中に使用されている「scallop」という英単語は、帆立貝を意味するが、衣服などのへりの波形形状を意味するものとして、一般的な英和辞典にも掲載されていることが認められる(もっとも、甲第24号証に記載された意匠の形態は、ドレス・シールードの縁辺部を小凸円弧状に表したものではあるが、その第1図(別紙1参照)におけるc、d部による大きなU字形と一体となって極めて特殊な形態を形成しているものである。)。

そうすると、汗取りパッドの形状として、全体形状がやや厚地のパッドを二つ折りにした二層構造の偏平略三日月形状としたもので、折り曲げ部の形状を凹円弧状、重合部の大きさと同じとした形状は、周知ないし慣用の事項であり、また、汗取りパッドにおいて複数の凸円弧状を左右対称に連ねて全体を大きな円弧状に形成したものは周知であったことが明らかである(もっとも、これらを組み合せて、本願意匠と引用意匠との間において共通する前記基本的構成態様のものが公知ないし周知であったことを示す証拠はない。)。

このような事情に鑑みると、両意匠の基本的構成態様の共通点が看者の注意を惹くところであるとしても、その共通点のみをもって類否判断を左右する支配的要素であると断定することはできず、両意匠の基本的構成態様及びこれに関する具体的な形状の共通点及び差異点並びにその他の差異点をも含めて総合的に対比し、類否判断をする必要があるというべきである。

イ  そこで、前記(1)において認定した本願意匠と引用意匠の共通点及び差異点を総合的に対比してみるに、全体の形状が略三日月形であり、重合部の外周の縁辺部を複数の小円弧を連ねて大きな凸円弧状に形成した基本的構成態様の共通点、すなわち、全体をやや厚地のパッドを二つ折りにした二層構造の偏平略三日月形状とし、その上方凹円弧状部を折り曲げ部、下方を重合部とし、その重合部の外周の縁辺部を左右対称の連なる峰状に複数の小凸円弧状を表わして縁辺部全体を大きな凸円弧状に形成したという共通点、及び、具体的な形状において、重合部につき、その縦幅と横幅との比を略1:2とし、その縁辺部について、上方の凹円弧状部の両端から下方に凹円弧状部よりやや外側に膨出するように小円弧状を表わし、下方に複数の小円弧状の峰を連ねて全体を大きな円弧状にしたという共通点は、その一部に、前記アで認定したとおり、周知部分を含むものの、特徴ある美感を呈し、看者の注意を惹くところであることは否めない。

しかしながら、両意匠の間の基本的構成態様に関する具体的な形状の差異点、すなわち、重合部の縁辺部における小円弧の数が本願意匠では5個であるのに対し、引用意匠では3個であり、それに伴って繋ぎの部分(谷)の数が、本願意匠では4個で、浅く緩やかであるのに対し、引用意匠では2個で、深く明確であるという差異がある点、及び折り曲げ部である上方の凹円弧部の凹部が、本願意匠では浅いのに対し、引用意匠では深いという差異がある点は、看者に対し、本願意匠における縁辺部の5個の小円弧状部(峰)の繋がり方が引用意匠より緩やかで連続的な印象を与え、上方の凹円弧部の凹部が浅いこととあいまって、全体として丸みを帯びたややふっくらとした美感を呈しており、他方、引用意匠における縁辺部の3個の小円弧状部(峰)はそれぞれが大きく、2個の谷部分が深いため、それぞれの小円弧状部を明瞭に看取することができ、上方の凹円弧部の凹部が深いこととあいまって、全体として本願意匠よりやや細くシャープな印象を与え、3枚のクローバの葉が1つにまとめられたような美感を呈している。

以上のように、本願意匠と引用意匠とは、基本的構成態様に共通点があるものの、具体的な形状の差異点から看者に与える印象を異にし、美感が同一であるとはいえず、この美感の差異は、両意匠の共通感に埋没する微弱なものとはいい難く、むしろ共通点を凌駕するものと認めることができる。

また、引用意匠には、重合部の縁辺部の端に細幅の縁取りがあり、重合部下方の小円弧状中央に横長長方形のポケット部を設けているのに対し、本願意匠にはこれらがないという差異がある点も、部分的な差異ではあるが、看者に与える印象に影響を及ぼしており、殊に引用意匠の縁辺部の縁取りは3個の小円弧状部を際立たせる一要素となっている。

ウ  したがって、本願意匠と引用意匠との共通点及び差異点を総合して対比するに、両意匠は、共通する基本的な特徴点はあるとはいえ、それぞれ別個の美感を呈しており、類似するものと判断することはできない。

(3)  まとめ

以上によれば、本願意匠と引用意匠は類似するものとはいえないから、両意匠を類似するものとした審決の判断は誤っており、原告取消事由2及び3は結論において理由がある。

4  結論

よって、審決を取り消すこととし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成11年10月5日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

別紙1

NO.35,398.

DESIGN.

〈省略〉

別紙2

理由

本願は、平成6年9月7日の意匠登録出願であり、願書及び願書に添付した図面の記載によれば、意匠に係る物品が「汗取りパット」であって、その形態は別紙第一に示すとおりである。

これに対して、原審が、本願の意匠に類似するとして拒絶の理由に引用した意匠は、昭和60年5月21日(前実用新案出願日援用)に意匠登録出願され、平成6年8月5日に設定の登録がなされた登録第911297号意匠であり、その願書及び願書添付図面の記載によれば、意匠に係る物品が「汗とりパッド」であって、その形態は別紙第二に示すとおりである。

そこで、本願の意匠と引用の意匠について比較検討するに、両意匠は、意匠に係る物品が共通しており、その形態について、(1)全体が、やや厚地のパッド(当て物)を二つ折りにした二層構造の扁平略「三日月」形状としたもので、その上方凹円弧状部を折り曲げ部、その余の下方を重合部とし、その重合部の外周の縁辺部を、さらに左右対称の連なる「峰」状に複数の小凸円弧状を表した基本的構成態様が共通し、また、その具体的態様において、(2)重合部につき、その縦幅と横幅(左右最大幅)の比を略1:2とした点、(3)重合部の縁辺部につき、上方の凹円弧状の両端から、各々下方に、凹円弧状部より外側に膨出する態様で、小凸円弧状を表し、縁辺部下方を、略同径の小凸円弧状に表し、全体として大きな凸円弧状に、小さな凸円弧状が連なる「峰」状に形成されている点が共通する。

一方、両意匠は、(イ)重合部の縁辺部につき、本願意匠は、5個の小凸円弧状で構成されているのに対して、引用意匠は、3個の小凸円弧状で構成されている点、(ロ)重合部の表面(正面)につき、引用意匠は、下方の小凸円弧状部分にポケット部を設けているのに対して、本願の意匠は、表面に何も設けていない点に主たる差異が認められる。

そこで、上記の共通点と差異点について総合的に検討するに、まず、共通点について、(1)の基本的構成態様の共通点、即ち、全体が、やや厚地のパッド(当て物)を二つ折りにした二層構造の扁平略「三日月」形状としたもので、その上方凹円弧状部を折り曲げ部、その余の下方を重合部とし、その重合部の外周の縁辺部を、さらに左右対称の連なる「峰」状に複数の小凸円弧状を表した点は、両意匠の形態に関する骨格を構成し、全体の基調をなす特徴といえ、看者の注意を惹くところであって、類否判断を左右する支配的要素というべきである。また、両意匠に共通する具体的態様、即ち、(2)の重合部につき、その縦幅と横幅(左右最大幅)の比を略1:2とした点、(3)の重合部の縁辺部につき、上方の凹円弧状の両端から、各々下方に、凹円弧状部より外側に膨出する態様で、小凸円弧状を表し、縁辺部下方を、略同径の小凸円弧状に表し、全体として、大きな凸円弧状に小さな凸円弧状が、連なる「峰」状に形成されている点は、基本的構成態様の共通点と相俟って、両意匠の共通感をより一層際だたせるものとなっており、その類否判断に及ぼす影響は大きいというべきである。

他方、両意匠の差異点について、(イ)の重合部の縁辺部について、本願意匠が、5個の小凸円弧状で構成しているのに対して、引用意匠は、3個の小凸円弧状で構成している点であるが、両意匠は、特に、全体を扁平略「三日月」形状し、その縁辺部を、上方の凹円弧状の両端から、各々下方に、凹円弧状部より外側に膨出する態様で、小凸円弧状を表し、・縁辺部下方を略同径の小凸円弧状に表し、全体として大きな凸円弧状に小さな凸円弧状が、連なる「峰」状に形成されている共通点が顕著であり、前記の連なる「峰」状が、3個の小凸円弧状で構成されているか、5個の小凸円弧状で構成されているかの差異は、その共通点に包摂されるところの部分的な僅かな差異といえ、その類否判断に及ぼす影響は微弱なものというほかない。また、(ロ)の引用意匠が下方の小凸円弧状部分にポケットを設けているの点の差異であるが、機能的にはともかく、意匠の外観としては、下方の小凸円弧状部の上方に、細い横線として表れる程度のもので、意匠の類否判断の要素として高く評価できず、本願のものが、それを設けていないより特徴のないものであって、その類否判断に及ぼす影響は微弱なものといわざるを得ない。その他、請求人は、「本願意匠では、5個の円弧のうち中央に大きい円弧を置き、その両側に小さい円弧をそれぞれ2個配置したのに対して、引用意匠では同一と見ちれる大きい円弧の繰り返しからなる」旨主張しているが、本願の意匠の円弧が、大小2種類の円弧から構成されていることは、いわれて初めて認識される程度の差異であり、微差といわざるを得ず、請求人の主張を採用することができない。

そうして、上記の差異点が相互に相俟って、相乗効果を生じることを考慮しても、本願の意匠は、意匠全体として引用の意匠にない格別の特異性を発揮するまでには至っておらず、前記の各差異点が、両意匠の類否判断に及ぼす影響は、微弱なものといわざるを得ない。

以上の通りであって、両意匠は、意匠に係る物品が共通しており、その形態について、両意匠の共通点は、類否判断に大きな影響を及ぼすものと認められるのに対し、差異点は、いずれも類否判断に及ぼす影響が微弱なものであり、共通点を凌駕することができず、両意匠は類似するものといわざるを得ない。

従って、本願の意匠は、意匠法第9条第1項に規定する最先の意匠登録出願人に係る意匠に該当せず、同条同項の規定により、意匠登録を受けることができない。

よって結論の通り審決する。

別紙第一

本願の意匠 意匠に係る物品 汗取りパット

説明 図面において、背面図は正面図と、右側面図は左側面図と夫々同一にあらわれるのでこれらを省略する。

〈省略〉

別紙第二

引用の意匠 意匠に係る物品 汗とりパッド

説明 右側面図は左側面図と対称にあらわれる。

〈省略〉

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